『ナイトメア・アリー』と2パーソン・テレパシー

こんにちは、スクリプト・マヌーヴァ映画部部長の滝沢です。

2022年3月25日より、アカデミー賞受賞監督であるギレルモ・デル・トロの『ナイトメア・アリー』が公開されますね。すでに第94回アカデミー賞にも4部門でノミネートされています。

私はデル・トロ監督作品では『パンズ・ラビリンス』が大好きなのですが、今回は超常現象なしのダークなドラマのようです。…が、ここで取り上げたのは主人公が2パーソン・テレパシーを演じるメンタリストだから。

2パーソン・テレパシーとは2人組で行うメンタルマジックのアクトで、「一人が目隠しをして舞台上におり、もう一人が客席におりて観客の持っている品物を借りる。舞台上の演者がそれが何か、どのような特徴があるかの詳細を当てたり、その観客の名前や特徴などを言い当てていく」という演技が代表的です。

下の動画は、この分野の第一人者であるエヴァソンズの演技。英語ですが、実際にどのような流れで観客の持ち物や名前などを当てていくかを見ることができます。

ナイトメア・アリーという作品

この映画には原作の小説があり、1947年に『悪魔の往く町』のタイトルで一度映画化されています。今回の作品は現時点で日本未公開ですので、先日『悪魔の往く町』の方を見てみました。

視聴時は内容をまったく知らずに見たので、タイトルからして単に2パーソン・テレパシーの場面がある超常現象系ホラーかな?と思っていたら、がっつりメンタリストが主役の、不思議な現象を起こせてしまうがゆえの心の闇を描いたドラマでした。邦題をつけるのって、つくづく難しいですよね…。

監督は「今回のはリメイクではなく、原作になるべく忠実になるよう作った」とインタビューで答えていますが、トレーラーを見る限り、新版もストーリーの大枠は旧版と同じようです。

マジシャンが見た劇中のアクトについて

さて、マジック業界の人間という立場から旧版の方を見てみましょう。

冒頭から、結構しっかりパフォーマンスの様子が描かれます(最初はいわゆるQ&Aアクト)。途中で何度か2パーソン・テレパシーの場面がありますが、このような演技ができることが主人公の心の動きに直結しているので、かなりしっかり描かれています。映画のアクセントとしてのマジックというものではなく、テーマに根付いた描かれ方で、尺もかなり取ってくれています。

ものがビジュアルな現象ではないというのもありますが、最近のマジック映画にあるようなエンターテイメント性を重視した誇張はあまり感じられず、この演技に関する文献を読んだときに感じたイメージが割とそのまま描かれている印象でした。

手法に関しても多少触れられていますが、それも現実に即したもので、かつ一般人が想像する範囲にとどめられています。また、2パーソン・テレパシーの概要が分かったところで、主人公はリーディング(演者が知り得ない、相手の過去の情報を言い当てること)も絡めた演技をするので、その部分はきちんと謎に包まれたまま。

リーディングを用いた心霊系の演技はその扱い方次第で極上のエンターテイメントにも悪質な宗教にもなり得るので、道徳的に非常なリスクをはらんでいます。その危険性は現代においても厳然と存在していますが、この映画ではその部分が作品のテーマに絡むだけあって、リアルに強烈に描かれていきます。

映画は1947年に製作された白黒のものですが、テーマは今日まで問題になっている、業界が解決できていない問題です。ここをしっかり描いていることでまったく古くささを感じさせない、身につまされる非常に面白い作品でした。コリーン・グレイは美人ですし!お勧めです。

エヴァソンズによる監修

さて、ここからは今回の新版『ナイトメア・アリー』のお話。

ギレルモ・デル・トロ監督はマジック・キャッスルの会員になっているくらいのマジック愛好家であり、本作でも「メンタリストが観客に対してどう振る舞うかについて、可能な限りリアルなものにしたかった」「原作に忠実であることと同時に、マジックの歴史に敬意を払うことを大切にしていた」というスタンスだったとのこと。

そこでプロのメンタリストに監修を依頼したのですが、それが冒頭に動画で紹介した2人組メンタリスト、エヴァソンズです。

エヴァソンズは世界中の企業パーティやセレブリティにメンタル・マジックを演じている、2パーソン・テレパシーの第一人者。ペン&テラーのペンも、Fool Us の番組で彼らを「現代において、この芸術を世界で最も巧妙に演じている」と評しています。

古くは(という表現になってしまうことに愕然としてしまいますが)1998年のThe World’s Greatest Magic 5 にも出演しており、私などはこれで彼らを知ったクチです(個人的には同じ番組に出演していたコメディ・2パーソン・テレパシーのピーター・ゴッサマーなど大好きですが、これはまた別のお話)。

デル・トロ監督は知人であるテラーとダレン・ブラウンに、2パーソン・テレパシーについて誰に話を聞けば良いか聞いたところ、二人ともエヴァソンズを挙げたと言います。

エヴァソンズの一人、テッサはそのときのことを次のように語っています。

ある日、ナイトメア・アリーのプロデューサーであるマイルス・デイルから電話がかかってきました。今ここにギレルモ・デル・トロがいて、次回作について私たちの話を聞きたい、と。私たちは目を見合わせて、いたずら電話じゃないかと思っていたのですが、本当にデル・トロ監督が電話に出たのです。なんてことでしょう!

監修作業については次のようにインタビューで答えています。

私たちの仕事は台本を読み(改訂されたものもその都度チェックして)、演技の場面すべてに対してどのようなメンタルマジックの演技や心理的な動き、手法があり得るかをアドバイスすることでした。最初に電話で話したときに、監督がいかにマジックを愛し、敬意を払っているかが分かりました。彼は秘密の公開には特に注意を払い、必要以上に映画で描くことはせず、ストーリーを重視しつつ最大限現実に即したものにしていきました。彼は2パーソン・テレパシーの専門家である我々を尊重し、各シーンごと、台詞の一行一行ごとに我々の意見に耳を傾けてくれたのです。
(中略)
また、どういう描き方だとメンタリズムの現象がウソっぽく、信憑性やリアリティを損なってしまうかという面でも、監督に助言しました。

マジックがエンターテイメント作品に使われるときは、常にそのリアルさと手法の公開具合が注目されますが、それも以下のような状況だったようです。

作中で公開した秘密は、古い方法を映画向けにアレンジしたものです。そのいくつかは現在でも使えるでしょうが、現代のメンタリストのやり方とは少し違います。過去にさかのぼって、その時代にそのアクトがどのように行われていたか見るのは素晴らしいことです。現代のメンタリズムは、昔からの考え方をベースにしながらも、技術や手法は大きく進歩しています。
(中略)
今日行われているメンタリズムは本当に信じられないほど、多くの面で過去のメンタリズムとは異なっています。しかし変わらないのは、メンタリストが鋭い観察力、心理学、直感を駆使していること。ジーナがタロットカードで占いをしたように、またスタンが生まれつき持っている洞察力と感性を駆使してリーディングしていったようにね。真のメンタリストは、目に見えない道具を道具箱の中に持っているのです。

というわけで、3月25日公開の『ナイトメア・アリー』が非常に楽しみになってきました。

さて2パーソン・テレパシーと言えば、スクリプト・マヌーヴァではイギリスの二人組、モーガン&ウェストによる解説を扱っています。2パーソン・テレパシーの手法は、劇中でジーナが「パフォーマーの数だけある、個人的なものだ」と語っているとおり、解説されているのも彼らが長年練り上げてきた独自のものです。これの本質的な部分を取り出し、彼らの手法と同時に、視聴者が自分たちが使えるようなコードを作り出す方法を解説しています。そうです、宣伝です。

デコーデッド

リーディングについては、ルーク・ジャーメイのワークショップが貴重な資料になっています。

マスタークラス・ライブ:ルーク・ジャーメイ 前編

参考サイト
http://www.fordhampr.ca/oscar-winning-director-guillermo-del-toro-calls-on-the-evasons-for-advice-for-his-latest-film-nightmare-alley/
https://www.auburnlane.com/mindreaders-share-their-magical-journey-to-nightmare-alley/